ISO/SAE 21434とは — 自動車サイバーセキュリティエンジニアリングの規格

ISO/SAE 21434は、自動車のサイバーセキュリティエンジニアリングに関する国際規格である。本記事は、この規格が何を定めるのか、サイバーセキュリティ規制であるUN-R155とどう関係するのか、SDV(ソフトウェア・デファインドな車)開発とサプライチェーンにどう効くのかを整理する。結論を先に言えば、UN-R155が「何を達成すべきか(What)」を定める規制であるのに対し、ISO/SAE 21434は「どう達成するか(How)」を定めるエンジニアリングの規格であり、両者は対で運用される。

ISO/SAE 21434とは何か

ISO/SAE 21434:2021とは、車両のライフサイクル全体(設計・開発・製造・運用・廃車)を通じたサイバーセキュリティの作り込みプロセスを体系化した国際規格であり、2021年8月に発行された(出典:ISO/SAE 21434:2021)。UN-R155の「エンジニアリング基盤」として位置づけられ、組織レベルのガバナンスから、設計段階のセキュリティ要件定義、脅威分析までを規定する。

14条項とCAL——「保証レベル」の考え方

ISO/SAE 21434は14の条項(Clause)から構成される。組織レベルのサイバーセキュリティ管理、設計段階での要件定義、そして実務的核心であるTARA(脅威分析・リスクアセスメント)などを体系的に定める。

中核概念の一つがCAL(サイバーセキュリティ保証レベル)である。これはISO 26262の機能安全における安全度水準(ASIL)に相当する考え方で、CAL 1(最低)からCAL 4(最高)の4段階でセキュリティの保証レベルを分類する。CALはTARAの結果(脅威の深刻度・攻撃の実現可能性・影響範囲)に基づいて決まる。

TARA——脅威分析とリスク評価の4ステップ

TARAはISO/SAE 21434の実務の中心であり、おおむね次の流れで実行される。

ステップ内容
1. 資産の特定守るべき資産(ファームウェア、OTAパッケージ、走行データ、暗号鍵など)を洗い出す
2. 脅威の特定各資産への脅威シナリオ(不正アクセス・改ざん・サービス拒否など)を列挙
3. 攻撃経路の分析物理・リモート・サプライチェーン経由などの攻撃経路を分析
4. リスク判定深刻度と実現可能性からリスクを判定し、CALを決定

SDVのアーキテクチャでは、TARAを各領域の境界面(プロセス間通信の端点、共有メモリ、仮想ネットワーク)ごとに実施する必要がある。安全制御とAI推論の間の通信のように、影響が大きい経路ほど高いCALが求められる。seL4のような能力ベースのアクセス制御は、こうした境界面のアクセス制御を構造的に保証する手段になる。

物理攻撃のリスクは過小評価されやすい

TARAのリスク判定で見落とされやすいのが、車両に直接触れて行う攻撃である。車は駐車場やシェアリングで第三者が近づける「物」であり、外装の破損部やOBDポートから車内ネットワークに機器を差し込まれれば、論理的な防御の境界を越えられてしまう。これは車両盗難のような物理的な犯罪のリスクにもつながる。

2026年10月の自動車技術会で、住友電気工業とFraunhoferの研究機関は、この物理攻撃の評価に手を入れた手法を報告した(文献番号20266216)。IT分野で使われる脆弱性評価の CVSS 3.1 では、攻撃のしやすさ(Exploitability)を「8.22 × 攻撃経路 × 攻撃の複雑さ × 必要な特権 × ユーザーの関与」で計算し、攻撃経路が「物理」のときの係数を0.2と定めている(FIRST「CVSS v3.1 Specification Document」§7.1・§7.4)。ネットワーク経由の0.85に比べて4分の1以下で、ほかの条件をすべて最も攻撃しやすい値にしても、攻撃のしやすさは約0.91にしかならない。報告はこれを、物理アクセスを一律に扱うことによる過小評価だと指摘している。

そこで報告は、物理的な攻撃経路を3段階に分け直した。

区分内容例
表面から到達できる外装や手の届きやすい場所にあり、ほとんど手間がかからない露出したコネクタ
制限されている物理的な障壁の内側や車内にあり、ある程度の手間や工具が要る車内に入ってからのOBD-IIポート
隔離されている保護された場所にあり、分解など大きな手間が要るECUの筐体を開ける

既知のCAN注入の脆弱性(車体外装の破損部から物理的に接続するもの)に当てはめると、従来の CVSS 3.1 の考え方では攻撃のしやすさが0.91(非常に低い。物理攻撃が取りうる上限そのもの)、リスク値が2だったのに対し、提案手法で「表面から到達できる」と分類すると2.84(中程度)、リスク値4に上がった。セントラル・ゾーン型の構成を模した約30の脅威シナリオの評価でも、テレマティクス制御ユニットや車内ネットワークへの物理的な接触に関わるリスクが、従来より高く見積もられた。

この結果が示すのは、TARAの点数づけの前提が、防御の優先順位をそのまま左右するということである。報告は、対策を攻撃の段階(初期・実行・診断)に対応づけた結果、既存の対策だけでは初期段階の攻撃を十分に抑えられない可能性があるとし、攻撃の段階と対策の層の両面から多層で守る必要を指摘している。

UN-R155との関係——「How」と「What」を統合する

UN-R155は、メーカーがCSMS(サイバーセキュリティ管理体制)を確立し、車両のサイバーセキュリティを組織的に管理することを求める。ISO/SAE 21434は、そのCSMSの中身であるエンジニアリングプロセスを具体的に定義する規格として機能する。

実務では、UN-R155のCSMS認証審査で、ISO/SAE 21434への準拠を証拠として提出するのが一般的だ。ただしUN-R155はISO/SAE 21434への完全準拠を法的に義務づけているわけではなく、同等のセキュリティエンジニアリングプロセスが確立されていれば認証は取得できる。つまり21434は「必須ではないが、事実上の標準的な達成手段」という位置づけになる。

サプライチェーンへの影響——「暗黙の信頼」から「文書化された管理」へ

ISO/SAE 21434は、メーカーと一次・二次サプライヤの間でのサイバーセキュリティ責任の分担も規定する。SDVでは、半導体(SoC)、車載OS、クラウド基盤といった多層のサプライチェーンの各層にセキュリティ管理が求められる。

日本の自動車産業の「系列」構造では、長期的な取引関係に基づく信頼がセキュリティ管理を暗黙的にカバーしてきた。しかしISO/SAE 21434は、文書化されたサイバーセキュリティ・インターフェース契約を要求しており、暗黙の信頼ではなく明示的な管理プロセスの構築を求める。これは取引慣行に対する構造的な変化である。

まとめ:21434は「設計思想」を組織に定着させる規格

ISO/SAE 21434は、個別の技術対策(暗号化・ファイアウォール等)の前提となる「サイバーセキュリティの設計思想」を組織に根づかせる規格である。UN-R155認証を取得するための事実上の必要条件であり、早期の着手が現実的だ。自社で具体化する際、まず確かめたい論点は次のあたりになる。

規制側の枠組みはUN-R155とサイバーセキュリティ規制(CSMS認証)の構造と実務を、規制対応の経営インパクトはSDVとサイバーセキュリティ/法規制の経営インパクトを、SDV全体像は【SDV入門】経営層が掴むSDVの全体像をあわせて参照してほしい。自社の体制に即したセキュリティエンジニアリングの実装は個別性が高く、具体化の段階では外部の視点を入れると論点整理が速い。